2024年10月16日、アイルランドの下院(ダイル・エアラン)は1956年以来初めての大規模なギャンブル規制改正法案を可決し、国のギャンブル業界における新たな基準を設定しました。この「ギャンブル規制法案」には、業界全体の改革を目指し、広告規制の強化やプレイヤー保護の強化などが盛り込まれています。
新法案の概要と意図
今回の法案は、ギャンブル業界の透明性とプレイヤー保護の向上を目的としています。特に、「ギャンブル規制当局(GRAI)」の設立と全国的な自己排除制度の導入が大きな柱となっており、依存防止対策や広告の時間規制(午前5時半から午後9時までの広告禁止)も盛り込まれています。また、ギャンブル施設の設置に関しても、学校周辺への設置が制限されるなど、地域社会への配慮も強化されました。
全てのギャンブル事業者は、新たな基準に基づいたライセンス取得が義務付けられ、オンライン・オフライン問わず、ライセンス更新手続きが必要です。GRAIはプレイヤー保護の一環として、違反事業者に対する罰則や営業停止の権限も有します。
業界からの反発と懸念
しかし、法案に対する業界からの反発も少なくありません。ギャンブル業界の代表者や関連企業は、今回の法案が彼らの意見を反映せずに作成されたと感じており、特に賭け金や勝利金の上限設定、広告規制に対して不満の声を上げています。
アイルランドで人気のあるFlutter社(Paddy Powerを運営する企業)は、法案がアイルランドの競馬業界に悪影響を及ぼし、かえって無許可のブラックマーケットにプレイヤーが流れる可能性があると懸念しています。同社は声明で「法案の多くの部分に賛同するが、現行の内容では競馬業界に重大な影響を及ぼしかねず、ブラックマーケットの利用が促進される恐れがある」と述べ、今後もGRAIと協力して業界基準の向上に取り組む姿勢を示しています。
また、競馬業界の団体は広告規制によって日中のテレビやラジオでのギャンブル広告が制限されるため、アイルランドでの競馬中継が経済的に成り立たなくなる可能性を指摘しています。
広告規制とブラックマーケットへの懸念
広告規制の強化は、ギャンブル業界にとって大きな課題となっています。例えば、広告はテレビやラジオでの時間帯規制だけでなく、ソーシャルメディアでの完全禁止も含まれています。これにより、非合法なブラックマーケットに顧客が流れるリスクが高まると考えられています。アイルランドのギャンブル業界団体である「アイリッシュ・ブックメーカーズ・アソシエーション(IBA)」は、広告の取り扱いを慎重に検討するよう求めており、GRAIと協力し、実効性と実現可能性を追求していく方針です。
規制当局GRAIの役割と構成
GRAIの初代CEOには、アン・マリー・コールフィールド氏が2022年9月に任命されました。同氏はアイルランド住宅賃貸委員会でのディレクター経験を持ち、現在は新設の規制当局の発足を指揮しています。GRAIはライセンス発行、監視、罰則適用などを通じてギャンブル業界の健全性を維持する予定であり、近い将来に会長や専門家の採用を完了する予定です。
ただし、業界専門家の中にはGRAIの設立と運営に懸念を抱く者もいます。新たに規制を行う人材の確保が難航しており、業界内でも特にカジノやスポーツ以外の分野では実情に即した対応が求められると見られています。また、専門家や業界団体は、GRAIが業界の実態を把握するための教育が必要だとも指摘しています。
今後の課題と税制
新たな法案には、賭博税についての具体的な変更は含まれておらず、現在のリモートベッティング税(2%の売上税)は維持される見込みです。今後、税制の見直しやライセンス料金の設定なども必要とされるでしょう。
アイルランド政府は新法の迅速な施行を目指しているものの、業界からの反発や人材確保の問題から、実際の施行が遅れる可能性もあります。また、2025年3月までに予定される総選挙の影響もあり、法案成立までにはまだ課題が残されています。
まとめ
アイルランドの新しいギャンブル規制法案は、業界の透明性向上やプレイヤー保護を目的としていますが、業界からの反発も多く、特に広告規制の影響が懸念されています。今後、GRAIと業界が連携し、ブラックマーケットへの流出防止や、適切な税制の整備を進めていく必要があるでしょう。他国の成功例や失敗例を参考にしつつ、アイルランド独自のギャンブル市場の健全な発展を目指すことが求められています。
用語解説
自己排除制度
自己排除制度とは、ギャンブル依存症などのリスクを抱える人々が、自らの意思で一定期間、ギャンブル施設やオンラインカジノにアクセスできなくするための制度です。この制度を通じて、自分自身を特定のギャンブルサービスから「排除」することが可能になり、依存症のリスクを減らすための有効な手段とされています。
アイルランドの新しいギャンブル規制法案でもこの制度が導入されており、全国規模の自己排除リストが構築されます。このリストに登録することで、指定されたギャンブルサービスやプラットフォームから自動的にアクセスが制限され、ギャンブルの影響を受けやすい人々の保護が強化される仕組みです